例会報告

2016.10.27第1526回 10月 第3例会印刷

SAA

二十二 修S.A.A

移動例会にて栃木県盲導犬協会訪問

会長の時間

渡辺道彦 会長

皆さんこんにちは。
本日は移動例会で、栃木県盲導犬協会に参りました。本日は有意義な時間を過ごしたいと思います。
どうぞよろしくお願い致します。

協会に支援金を寄付致しました。

ニコニコBOX

活性化

幹事報告

小沼正則 幹事

§先日の地区大会にご参加の皆さん、ご苦労様でした。
§11月のロータリーレート 1ドル=102円

栃木県盲導犬協会 訪問

五味渕昭夫会員

移動例会に出席して

 10月27日『職業奉仕委員会』の平山金光さんの御発案で『東日本盲導犬協会』の職場訪問・業務見学が実施されました。参加された会員の皆さんがこの会場変更例会をどう評価されたか、それは会員個々のご自由ですが、あの『協会』が現状に至る迄には我が『宇都宮北RC』がどれ程貢献し、援助したか、それはそれは多大なものがありました。その事実は我クラブの歴史のなかで特筆すべきものであると確信しています。
月日を経ると共にクラブも変化し、会員も旧きは去り、新しい気鋭の参加があり時勢と共に多角的に変化をとげて行くでありましょう。それは至極当然の事、あたり前の事ですが、その中で、創立以来クラブがどんな『道』を歩んで来たか、即ち己の『歴史』を知るということはこの『集団』を末長く健全に存続せしまるための『不可欠の要件』であると私は思います。そんな観点からあの『東日本盲導犬協会』と『宇都宮北RC』との拘わりがどんなであったかをかい摘まんで纏めますので何時の日か、もし❝クラブ史編纂❞と言うような事態が起こった場合には『この事実』を是非お加え下さいますようお願いする次第です。

 現在の❝公益財団法人『東日本盲導犬協会』❞は、以前は❝財団法人『栃木県盲導犬センター』❞と称していました。この組織・施設は今から凡そ50年前に一人の或る有能な栃木県会議員の提唱で設立されたものです。
ひょうんな成り行きで、1980年頃から私はその組織に関係を持つようになり、その後、種々な事情があって、1994年第3代目理事長にならされました。その頃の『盲導犬センター(以下センターと略)』は運営資金難で四苦八苦の状態でした。なんといってもその組織そのものの存在が一般に知られておらず中々❝寄付金❞が得られず、出来高払いの❝盲導犬作出料❞だけでは必要な運営資金に事欠く始末でした。その頃の『センター』は❝乞食小屋❞とまでは言わないまでも大変なボロ屋でロクな設備もなく、肝心の❝犬舎❞も素人が見ても全く不完全でこんな環境で盲人に役立つ盲導犬が出来るのだろうか思わせる程であり、そしてなによりも盲導犬作出に直接拘わる第一線の❝訓練士❞の方々の労働環境が如何にも良くなく、総てがそんな憂慮すべき状態であり、速急に改善しなければならない状態でした。
丁度その頃(1985年)『北RC』が創設され、早速会員の皆さんにそんな事情をお話しする機会があり、皆さんの御理解を得てクラブから『社会奉仕』としての多額の寄付を拝受し大いに助けて戴いたものでした。その他私個人の知己頼ったり、❝ロータリー❞という看板を背中にしょって❝寄付願い❞にまわったりしてなんとか運営を保ったものでしたが、いずれそんなものは❝高❞が知れており長続きはせず貧乏所帯に変わりはありませんでした。種々考えあぐねているところに1995年のある日❝一本の電話❞がかかって来ました。
(❝世の流れ❞というものは面白いものでこの電話が状況を一転させます。)
電話の主は私の「旧制高等学校」時代の友人で(註1)、内容は『少し❝寄付金❞に余裕が出たのでどこか有意義な公的な処があったら紹介しろ』との話でした。その時はそれほど重要なこととは思いませんでしたがふと、『センター』のことが頭に浮かび、この❝話❞をクラブに持って行って相談したところ❝駄目で元々、その覚悟でその話乗ってみな!❞ということになったのです。これが、我クラブと『盲導犬作出事業』との拘わりの始まりでした。
早速2❝応募書類❞の作成に取り掛かり、先ず『センター』の土地(敷地)について調査したところ、当時『センター』が占有していた土地の1/3が『青地』であること、他は6人の方々の『個人所有地』であることが判明しました。そもそも『青地』とは一体何か、知るはずも無し。それに他の地主とどう対応するのか、成す術も分からない。それだけでこの話は❝頓挫❞だと思いましたが、取り敢えずその状況を徳原史郎さん(故人)にお話しをしたところ❝慌てない❞の一言(註2)。それに励ましを得て中村弘さんに❝建築構想案❞を作成して頂き、県の「障害福祉課」の了承を取り付けて、何とか書類を整え応募しました。勿論その時点では❝事❞が成るなどとは思いもしませんでした。凡そ1年位経ったでしょうか、日常の繁忙にかまけてそんなことなど忘れかけていたある日、件の友人から『お前の申し込んだ事業に『2億円』の建設資金援助をすることに決定したから直ちに所定の手続きをするように』との連絡がありました。それを聞いて、事の大きさに腰を抜かす程驚き、これはえらいことになったと『恐怖』に近いものを感じたことを覚えて居ます。
直ちに『所定の手続き』が始まり、中村さんに『建設計画』の考案を依頼。その他皆さんの種々なお助けを得てようやく『申請』に漕ぎ着けることが出来、幸いに『審査』もパス。予期もしなかった建設実施が現実の問題となってしまいました。。その折り、建設予定地は既に全て「県有地」になっており、『センター』に無償で貸与されることが決定したことを知り、それが審査側の心証を非常に良くしたとの話が何処からともなく耳に入り驚いたものでした。
建築物の「設計」「厳正な競争入札による施工業者の選択」「施工監督」等々全て中村さんにお任せし、『篠崎建設工業(佐野市)』の施工により平成12年5月に10ヶ月の工事期間を要して落成したのがあの『建物』です。『センター』の改善を発想してから『足掛け6年。実質5年10ヶ月』の月日を要し、当時日本一の設備・機構の整っていると言われた盲導犬作出施設が竣工したのでした。
クラブは、第14代栗田 司さんが会長役であられた年度でした。
私にとっては経験したことも無い様々な事態に遭遇した日々でしたが、種々な場面でクラブの皆さんの❝暖かい御支援❞を忝のういたしました。
つらつら思うにこの事業は『宇都宮北RC』の皆さんの助力なしには成し得なかった、『宇都宮北RC』の存在なしにはあの『建物』は作り得なかったのです。あの施設は我々のクラブの誠に秀逸な『社会への贈り物』であり、そして誇りにしてしかるべき『宇都宮北RC』の見事な《レガシー》です。
在宇都宮のどの❝ロータリークラブ❞にこんな見事な《レガシー》をもっているクラブが有るでしょうか?有りはしません。
 
 最後にこの奉仕事業に御助力下さったあの頃のクラブ会員の皆さんに改めて感謝し(註3)、最も御苦労が多かったであろう中村弘さんには特にお礼を申し上げねばなりません。ベテランの中村弘さんもこういう目的の建物の建設に拘わられた御経験が少なかったそうで何かとよく勉強し、調査下さり、理想的なものを目指して下さいました。あの建物には❝盲導犬のユーザー❞になるための訓練生の視力障害が大勢来られますが、その方々に便なるように、又職員の日々にも便なるよう中村さんの多角的な配慮が随所にみられます。
例えば、館内一階は❝バリアフリー❞であり、館内全ての❝手摺り❞には目的にあわせた❝点字❞が打ってあったり、夫々の部屋も使用目的に合わせて様々な工夫がしてあります。又❝犬舎❞は南向き❝ベランダ付き個室❞❝暖冷房付❞に設計されて居ます。犬にとっては天国でしょう。
既に述べたように、この施設が竣工の時点では『日本一設備の整った「盲導犬育成施設」』といわれた、たくさんの❝見学者❞が訪れたそうです。(当時こういう目的の施設は全国に9ヶ所でした。現在は11ヶ所あるそうです。)
27日には皆さんに「盲導犬誘導体験」よりもその方を見て頂きたかったですが、残念でした。機会があったら是非そういう方を御覧になって下さい。
あの『建物』は❝建築家・中村弘の作品❞としてあの『建物』が存在する限り社会に認められる事になります。大変すばらしい業績を残されたと思います。

付記

(註1)建設資金の面倒をみてくれた男は私の❝旧制高等学校❞の同学年の親友です。彼は「文科の甲類」、私は「理科の乙類」クラスは別でしたが三年間同じ❝寮❞で暮らしました。東大法科卒。『通産事務次官』経験の大物です。資金提供を受けた頃は、天降下って『自転車振興会』の理事長の時で、通産省管轄の「競輪」オートバイ競争」「競艇」等の益金を提供してくれたようです。トップクラスの官僚の実力、たいしたもんです。

(註2)『建設資金援助申請』の時点で❝建設用地❞が完璧に処理されているのには驚きました。徳原史郎さん(故人)の❝お働き❞の由です。
又6名の地主さんに付いては大滝達穂さん(行政書士。退会会員)が一軒々々探しあて、訪問し、説得をして下さったそうです。

(註3)建物完成後、内部の必要什器(椅子・テーブル・机・事務用品)等一切を浅川茂さん(退会会員)が総て整備して下さいました。

その他❝クラブ会員の皆さん❞には本当に何かとお世話になりました。
重ねて厚く御礼申し上げる次第です。

栃木県盲導犬協会訪問

栃木県盲導犬協会訪問

盲導犬と共に歩行体験を致しました。

陸前高田市立気仙中学校訪問

中村弘会員

11月2日(水曜日)に宇都宮北ロータリークラブ有志による陸前高田市立気仙中学校生徒会支援と交流活動の手渡し式が屋内運動場で行われました。
団長:山本直由会員以下6名と支援金協力5名の11名で支援金100,000円を持参。(累計2,071,000円)
手渡し式:気仙中学校全校生による答礼の清々しい合唱があり、新たな感激を胸に帰路に着いた。
     尚、4日に熊谷校長から連絡があり、山本団長や皆様によろしくとことづかりました。

陸前高田市立気仙中学校訪問

陸前高田市立気仙中学校訪問

出席報告

会員数 出席数 欠席数 出席率
43名 50名 0名 100%
前々回MU 前々回訂正 前々回訂正率
0名 0名 0